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イノセント・ボイス-12歳の戦場

以前から気になっていたメキシコ映画で、できたら劇場で見たかったのですが、多忙でそれどころではありませんでした。昨日ようやくDVDで見ました。エルサルバドル内戦の戦場における母たちと子供たちの生活に視点が置かれており、彼女/彼らの置かれる困難が理解できます。それにしてもこれが実話に基づいているということは重いです。
大切なことは、現代の社会でいったん軍事的な対立が生じてしまうと、子供たちにたいへんな負担を強い、人々の日常を打ち壊してしまうかということを理解することだと思います。エルサルバドルの場合は内戦ですから、生活の場がそのまま戦場になるわけです。夜が来るごとに家に銃弾が飛び込み、流れ弾で友人を失う日々。追いつめられたゲリラが学校に逃げ込み、銃撃戦に巻き込まれる教室。小学校から子供たちを一方的に徴兵して去っていく政府軍。
戦争は外交の延長だ、などと言います。それは事実でしょう。けれど、僕は戦争と外交の差は非常に大きいと思っています。軍事的対立に至らない形で問題を解決することに、最大限の知恵を注ぐことが、20世紀の教訓でしょう。
それから、いつの世も大国の介入が小民族の誇りと利益を踏みにじるという事実。やむを得ず実力で抵抗する非合法武装勢力を安易にテロリズムと同一視してはいけません。一見公明正大な、「民主主義の国」アメリカも、エルサルバドル内戦では圧政を支援する典型的な大国の介入を行っているのです。この映画では主人公の少年たちが、一度はゲリラに身を投じようとします。率直に理解できることです。
この映画にはガムを配る米兵とそれに群がる子供たちの姿が出て来ます。同様の構造が日本の戦後にも隠されていることを示すエピソードです。
こういう映画ですが、底抜けに明るいラテンの国民性からか、庶民のエネルギーの中に希望も生活の喜びも力強く表現されていて、決して重苦しい作品にはなっていません。あっという間に見終わったという印象です。自信を持ってお薦めできる作品です。

[06/09/26追記:]
もうひとつの関連するエントリーに、江戸摩呂様よりトラックバックをいただきました。江戸摩呂様は、

この映画が、単なる戦争映画と一線を画しているのは、子ども達が、子ども達の幸せを守るために、大人の世界と戦おうとする姿を描いているところにあると思っている。戦争の被害者となるだけでなく、兵士として参加することを強いられる理不尽さの中で、正気を保って「子どもであろうとする子供たち」の純真さ・健気な姿に心動かされた。


と記しておられますが、とても共感しました。この映画の子供たちがなぜ輝いて見えるのか。それはこの現実と戦う姿勢と関係しているのではないか。
憲法のことが話題になると僕はいつも広場の子供たちのことを思います。彼らは決定権を持ちません。僕ら大人は彼らの未来のことを自分のことのように大切に考えたいものです。
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  • 理系研究者です。科学好き、やや社会派、体を動かすのも好きです。

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