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教育基本法を変えたらどうなる?


教育基本法を改定する審議が国会で進んでいるようです。いちおう教育者の端くれですので、自分なりの見解を表明しておきたいと思います。
僕は今提出されている教育基本法の改定案に強く反対しています。どちらかというとかなり憂慮しています。問題は2つ。お役人や政治家の方々による教育に対する口出し・手出しに対する歯止めがまるでないこと。もう一つは、それとも結びついて、どういう子どもや国民が正しい人格で「道徳的」なのかについて、変な思いこみがまかりとおり、機械的に人格の「達成度」を評価するグロテスクな教育が生まれる危険が高いことです。
★当エントリーは、サーバのHDクラッシュで失われた11月13日付けのエントリーを、google cacheからそのままの形で救い出したものです。★

お役人・政治家のフリーハンドにまかせて大丈夫か

今回の改定案の最大の特徴は、これまであった行政と教育の間に慎重に距離感を持たせた規定が吹っ飛んでしまい、お役人や政治家の意のままに教育をいじってもよいことになったことだと思います。政治家といっても与党政治家に限られるのが今回の法案の特徴です。「教育振興基本計画」を定めることになっていますが、この主体は政府で、国会には報告をするだけですから。
お役人がたや政治家の先生がたはそれぞれ、教育に対する一家言をお持ちの場合が多いようです。ですがそれらが必ずしもいつも妥当だとは言えないことは経験済みです。こういう方々が外からあれこれと指示をする形で教育現場が右往左往することを僕はおそれます。

子どもたちの「人格の完成」と徳目解釈

よく改定案第2条の「徳目」の列挙が問題になります。子どもの人格の「正しい」ありようを定めてしまうことは、良心の自由に反する、というのです。わからないではないのですが、僕はこれはかなり微妙な問題だと思っています。例えばやはり子どもたちには責任感ある主権者・社会人に育って欲しいと思うわけだし、「世界史は是非ちゃんと勉強して」などと言いながら、子どもが持つべき知識を大人は定めてあげるということをします。これは厳密に言うと良心の自由に反するのかもしれません。子どもの自由な選択に干渉をしているわけですから。それでも教育は子どもに対してなんらかの価値や知識を与えなければ成り立ちません。ですから、子どもの人格の「正しい」ありようについて、教育基本法に定めることに関して僕は反対ではありません。良心の自由との整合性は、子どもの人格のありようにかんする規定を、教育する側の意図に止めることによって、じゅうぶん達成されうると僕は考えています。
改定案第2条の徳目についてみても、それ自体として解釈次第では特に異論はないものが多いです。しかし、こういう抽象的な概念については、解釈には大変な幅があります。この幅にわたって容認されることが理想だと僕は思っています。
しかし、いったん法律に定め、誰かがこの徳目の内容を定義したら、その途端に強力に教育現場を縛ることになります。お役人の発想、あるいはだれか身勝手な政治家・政治勢力の発想で徳目内容の定義がなされたらどうなるか? 非常に偏狭な人格観が横行する危険がかなり高いと思います。
現行の教育基本法にも、人格の完成を軸にしていくつかの留意すべき方向性が盛り込まれています(第1条で「平和的な国家及び社会の形成者」・「真理と正義を愛」する・「個人の価値をたっと」ぶ・「勤労と責任を重ん」じ・「自主的精神に充ち」・「心身ともに健康」な国民の育成を目的とすることが定められています)。改定案に比べればいくらか抑制的ですが、これで十分だと僕は思っています。日本国民の合意のもとに「良い次世代の日本人の人格」を造っていこうということに関して、なんら制限を加えるものではないからです。
改定派はよく、「戦後の教育には公の観念がない」などといいますが、そんなことはありません。例えば日本の国に対する主権者としての責任感のようなものは、「国家」「の形成者」を育てるという規定の中にはっきりあります。郷土に対する愛着についても、あるに越したことはないでしょう。こうした、日本の自然に親しみ、郷土に抱かれるよろこびは、「心身ともに健康」であることの一つのありようとして考えてもいいでしょう。前文にも「個性ゆたかな文化の創造」がうたわれています。「教育基本法のせいで子どもたちが自分のことだけを考えるようになり、日本が嫌いになった」などというのはぜんぜん説得力がありません。きちんと法律を読んでないのではないでしょうか?

今回の改定を許してしまうと、お役人と政治家(特に与党政治家)によるフリーな教育への口出し・手出しが横行することになり得ます。歯止めがありませんから。そして、子どもの持つべき人格が、第2条の徳目に沿って偏狭な形で具体化され、教育現場に押しつけられる可能性があります。これも歯止めがありませんから。こういう危険性のある教育基本法の改定には僕は強く反対します。
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  • 理系研究者です。科学好き、やや社会派、体を動かすのも好きです。

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